開業当初から電車での運行が行われていた現在の東急線各線の中において、稀有な存在と言える東横電鉄(東京横浜電鉄)キハ1形。
日本が全面的な戦時体制へと入る前の1936(昭和11)年という時期に導入されたガソリンカーで、同時期のガソリンカーとしては比較的多い8両が製造されました。
地上・電力設備の増強や車両増備よりもコストメリットがあると判断されての登場でしたが、時節的な背景も含め東横線での活躍期間は長くなく、地方私鉄各社へと譲渡されて行きました。
模型化という観点においてはは、そもそも「キハ1だけ製品化されても、当時の東横電鉄で並べられる車両がない」ということに加え、譲渡先において先頭形状が改造されるなど金型流用にも限りがあるため、「鉄道コレクション」ですら未だに製品化されていないような状況です。(2026年現在)
そういった最中、ある即売会で3Dプリンタで製作された同形式のキットと出会い、即購入。
どう作るか悩ましい形式でしたが、東急好きを名乗る人間としては揃えておきたい一形式の製作に着手することが出来ました。
(6~7年前の即売会で、今となってはどなたの頒布品だったのか特定できず、製作者の方には申し訳ない限りです…)

▲側・屋根・先頭部に分かれたシンプルなキット構成
日本が全面的な戦時体制へと入る前の1936(昭和11)年という時期に導入されたガソリンカーで、同時期のガソリンカーとしては比較的多い8両が製造されました。
地上・電力設備の増強や車両増備よりもコストメリットがあると判断されての登場でしたが、時節的な背景も含め東横線での活躍期間は長くなく、地方私鉄各社へと譲渡されて行きました。
模型化という観点においてはは、そもそも「キハ1だけ製品化されても、当時の東横電鉄で並べられる車両がない」ということに加え、譲渡先において先頭形状が改造されるなど金型流用にも限りがあるため、「鉄道コレクション」ですら未だに製品化されていないような状況です。(2026年現在)
そういった最中、ある即売会で3Dプリンタで製作された同形式のキットと出会い、即購入。
どう作るか悩ましい形式でしたが、東急好きを名乗る人間としては揃えておきたい一形式の製作に着手することが出来ました。
(6~7年前の即売会で、今となってはどなたの頒布品だったのか特定できず、製作者の方には申し訳ない限りです…)
▲側・屋根・先頭部に分かれたシンプルなキット構成
▲客室側前面窓の保護棒も再現されているのに、3Dプリンタの精巧さを感じます
さっそく瞬間接着剤で組み合げて行きます。
キット製作のセオリー通り、側と前頭部を「L字型」に組み、ロの字にしてから屋根板を接着。
ピッタリと組み合わさってくれるキットでしたが、それでも前頭部と側、屋根の継ぎ目は気になってしまうので、溶きパテを盛ってつなぎ目を消します。
一方で側・屋根の継ぎ目は非常に精度が良く、パテを盛って修正するような部分はありませんでした。
例によって作業中の写真が全然残っておらず、車体の製作をした後、記録写真は一気に塗装後の姿まで飛んでしまっています。
車体色はセオリー通りアイボリー→紺色→屋根色の順で塗装しています。
横一色線のシンプル塗り分けなので、かなり楽…
残されている当時の記録写真では、屋根色の塗り分けが良く分かりません。
①オデコまで屋根グレーが回りこんでいたのか
②前頭部はクリーム色で、屋根色は屋根構体部分だけだったのか
③そもそも屋根色って何色…?
過去に製作された方の作例も参考にしつつ、最終的には「オデコまで屋根グレーが回りこんだ」姿で仕上げてみました。
ニュートラルグレーに青味を少し足して調色したグレーで塗ってみました。
前面・側面の標記類は金色にて。
金色の車番インレタを使う場面が思いつかずどうしようと思っていたのですが、幸いにしてトレジャータウンから『TTL801-23D キハ40・58(北陸) 金』が発売されており、この中から文字をピックアップし「キハ2」と設定。
検査標記はキハ40あたりの白文字標記、製造所銘板は東急3000系(2代)より。
このあたりはもう「それっぽいモノが転写されててればOK」という判断で転写してみましたが、よっぽど近づかなければ解読できないですし、遠目で見ると良い雰囲気になってくれました。
インレタ転写後に車体は半艶クリアーでトップコートを行い、次の作業へと移ります。
~つづく~
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