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長電2000系D編成、そして屋代線の最終日となった3月31日、彼らとのお別れに行ってきました。
なかなかうまい言葉も言い回しも思いつかないので、写真メインで。
なんとか朝までもっていた天気も明るくなるにつれて雨が降り始め、屋代線との別れを惜しむような涙雨に。
涙雨…を越えて号泣レベルの土砂降りになってしまいました。
全国的に荒れ模様の天気で新幹線が止まったとの情報も流れる中、屋代線は一生懸命に走り続けてくれました。
時々雪が混じるほど大荒れだった雨も午後には止み、晴れ間も覗き始めた頃、松代からの臨時急行が須坂へ戻ってきました。
須坂→松代→須坂で設定された臨時急行には1000系S2編成が充当されました。
1000系最後の屋代線走行ですね。
この時4番線には定期の屋代行きが停車していたため、まさかの5番線入線を見せてくれました。
そして時は流れ…
20時24分。
L2編成を使用した屋代行き最終列車が発車していきました。
松代から先、屋代まで行く定期最終列車です。
大きな混乱もなく、静かに走り去って行きました。
屋代行きが出た後、残るは最終の松代行きのみ。
ラストへと盛り上がりつつある熱気の中、ファイナルツアーへの受付を済ませたのでした。
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3月25日の長電訪問の続きです。
この日、長野電鉄で2000系D編成使用のイベント列車が運転されました。
運転区間は長野~湯田中~須坂~屋代~須坂。今回は2000系最後の山之内線区間入線となりました。
湯田中、志賀高原へと向かうために導入された2000系。その目的地でもあった山之内線への最終入線はやはり山之内線区間で撮りたくなってしまいます。
そんなわけで今までチャレンジできていなかった夜間瀬の鉄橋で撮影することに。
2000系入線前に定期運用のスノーモンキーが湯田中まで1往復します。
2100系には申し訳ないながら"練習"になってしまうわけですが…同車を沿線でまともに撮るのは実は初めて(汗
上りスノーモンキーが信濃竹原に入線すると同時に警笛吹鳴、臨時の2000系がやって来ました。
通いなれた志賀高原への道もこれが最後。
しかしそう感じるのは人間だからで電車はそんな寂しさも感じさせず快調に走り去って行きました。
折り返した小布施駅では普段使われない本屋側の1番線へ入線、定期列車同士の交換を退避します。
ここでは下りのゆけむりとの並びが発生。時刻表から想定できているとはいえ現場は軽いパニック状態に(笑
なんとか間から撮らせてもらって並びを押さえることができました。
やがて発車時刻に―
撮影者のほとんとがツアー参加者だったようで、発車間際には我々含め数人に。
小布施発車はかなり落ち着いた状態で撮影できました。
車利用だったので夜間瀬鉄橋のように沿線に出て撮影してもよかったのですが、やはり「少しでも長く見ることができる」駅を選択してしまうあたりやはり自分は本物の撮り鉄ではないなぁ、と思ったり(笑
~ちょっと思い出~
昨年の2月、2000系A編成引退前の最後の訪問、A編成最後の撮影が小布施駅でした。
その後3月末に行われたラストランには都合により参加できなかったため2000系現役最後の撮影が小布施駅だったんですね。
タイミングではあるのですが、その小布施駅への(自分の見られる)最後の入線はやはり撮っておきたい、という思いがあり、小布施駅へ寄ったのでした。
▲2011年2月5日撮影
~ここまで思い出~
2000系の撮影を終え、最後は松代駅へ。
最近、どう「生きた線路」を撮りたくなってきています。
もちろん電車メインの写真主体なのですが、こうしたローカル線を訪れるとつい。
廃線後、設備の多くが当時の姿のまま放置されている場合が多いですが、放棄され錆が浮いたり破損したり…という姿はどうしても悲しくなってしまいます。
彼らは安全のために「生きて」いてこその存在。そんな生きていた証を残したい…と思ったり。
あぁ、いかん、なんかセンチメンタルな感じに…
屋代線廃止、2000系引退前最後の長電訪問を終え、この写真を最後に撤収しました。
次に訪問できるのは、31日の引退日だけ。
最後の最後まで、見届けたいと思います。 -
先週末も長野電鉄へ行ってきましたよ!
…しかし今回は寄り道付き(笑
実家で野暮用を済ませた後の深夜1時。
たまでんクラブ谷風氏の自宅に近づく一台の怪しい車…
そんなわけで深夜1時に谷風さんを拉致と合流し、一路北へと向かったのでした。
埼玉県を縦断し群馬県に入ってから上信越道へ入り…夜が完全に明ける頃には第一目的地へ到着。
ドンッ!
そんなわけで今回は長電へと行く前に上田電鉄へ寄り道したのでした。
城下の駅で上り初電を撮影することができました。
朝の透き通った空気…は写真から感じるのは難しいですが(笑)、後ろの山々が朝日で赤く照らされているのが印象的でした。
続いてお馴染みの下之郷カーブへ。
霜が降りた田んぼの中を先ほどの1001Fが下ってきました。
朝は逆光で顔は暗くなりがちなのですが、ステンレスが朝日に輝く様は際立ちますね。
3月後半にも関わらずまだまだ冬のような写真になりました。
陽もだいぶあがってきた頃、今度は八木沢駅へと移動。
もうひとつのお気に入り撮影地でもある八木沢駅下り方のカーブで撮影。
別所線の際急勾配区間はこの八木沢~別所温泉間。たった2両でも1両目・2両めで角度が違うのはその急勾配の証ですね。
最後は城下駅での上下列車交換を撮影。
通常ここでの交換はなく、朝夕限定の光景となります。
この日は装飾の施されていない、東急時代のままの2本が交換してくれました。
1000系自体が並ぶのは見慣れた光景ですが、前パン1000系の交換する姿はここだけ。
いやぁ、いいもの見れました(笑
そんなわけでこれにて上田を後にし、臨時列車の運転される長野電鉄へと向かったのでした。 -
しばらく長野電鉄の記事を続けましたので、ちょいと模型ネタを挟みましょう。
平日の夜はブログを更新するか模型をちょびっといじるか、そして休日は長野へ…というのが3月のパターンのようです(笑
N化改造は現時点では施していないのですが、見栄えを求めとりあえずパンタだけはGM製に取り替えておきました。
編成はGM東急1000系の車番ステッカーから1021Fをチョイス。行先表示・運番表示は付属ステッカーから持ってきました。
本気でやるならhttp://srcfactory.blog.shinobi.jp/Entry/280/の記事の時の用にクーラー塗り分け・アンテナ積替え…などやるのですが、それだといつまでも完成しなさそうなので今回は思いつかなかったことに(笑
その代わり?、車体の方でちょっとした加工をしてみました。
幕部のコルゲートを2.5mmほど削り取ります。塗装はそのまま生かしたいので彫刻刀・カッターナイフで少しずつ少しずつ。
雨樋を削りそうになるのが怖いですね。
ほいで東急ステッカーから持ってきた車外スピーカーステッカーを貼れば完成。
写真では右側がちょっと削り取り足りませんでしたので、この後もうちょっと削り取りました。
ワンマン運転を行う池上・多摩川線では必要不可欠な装備品ですのでちょっと手間をかけて再現してみました。
幕部の物足りなさもなくなりイイ感じです。
ちなみになぜ1021Fにしたかというと…
数年前の1000系の回送の際に撮ったのが1021Fで、当時1000系はまだ菱形パンタの方が主流でしたのでシンパを積むに当たってこの編成を模型化しました。
▲多摩川駅渋谷方で待機する長津田からの出場回送列車
ATCを積んでいない池上・多摩川線の編成は田園都市~大井町~東横線内をデヤに挟まれて走行するのですが、同線内の有効長が最大4両のため、多摩川駅で下り方のデヤが解結されます。
そのため、多摩川駅ではこうして御尊顔を拝見することができたのでした。
学生時代の一日…と言ってしまえばそれまでですが、なんとなく思い出の編成に設定してみたのでした。
※デヤを作るとか作らないとかはまた別の話※ -
3/10~11の週末も長野電鉄に行ってきましたのでその時の話。
記事自体は続番で(笑
この日の三河は雨。昼間から降っていた雨はついぞ止まず、いや~な心持ちのまま夜のR151を北上。
伊那IC付近を越えたあたりでついに雨が雪に変わり、塩尻への最後の山場、善知鳥峠でついに積雪10cmほどに。
命からがら(※大袈裟)松本盆地に降り切るも松本市内も5cmほどの積雪。
またまたギリギリな運転をしつつR19をトレースして長野市へと着いたのでした。
途中で仮眠も挟みましたが松代駅に着いたのは始発列車直前。なんとか間に合いました。
▲「回送」表示の始発須坂行きO2編成 @松代駅
ちょうど須坂行きの始発が須坂から回送されてきました。
▲松代駅に入るO6編成 @松代駅構内
発車時刻が迫る中、営業列車の下り始発が2番線に入ってきます。
線路が雪を被ったままなのが「この日1本目」の証拠ですね。
ハイビームで写真で見ててもかなり眩しい写真に(笑
▲松代駅1・2番線で並ぶO6編成とO2編成
始発を見送って信濃川田駅へ移動。
ちょっと時間が空くので腹ごしらえなどしつつ信濃川田駅へ移動。
屋代から折り返してくるO6編成を捕獲しました。
ここは水っぽい雪で積雪量はイマイチな感じでした。
すぐに移動して恒例の離山隧道へ。
今度は須坂から折り返してくるO2編成を捕獲。かなり暗かったため軽い流し撮りにしてみました。
この後は昼ごろまで粘って大人しく帰る予定だったのですが、ある撮影場所で一緒になった方に「2000系が屋代線に入るそうだ」との情報をいただき、またとない機会と撮影することに。
屋代駅への送り込み回送を岩野~雨宮間で。
この時が一番強かったんじゃないか、というぐらいの雪の降り様。3月にも関わらず真冬のような写真になりました。
屋代駅で169系イベント列車から乗り継いだ乗客を乗せ、須坂へと折り返す臨時列車を同じ場所で。
回送時とはHMが掛け替えられています。
「ありがとう屋代線 急行河東」の周りに歴代の屋代線を走った車両たちが顔を揃え…
と思いきやなぜか8500系がラインナップしてる!?という秀逸なデザイン(笑
2500/2600系と8500系が隣同士で顔を揃えているのが東急好きとしてはなんともいえませんね(笑
この写真を撮った後は眠気もあり特に深追いせず撤収しました。
※上田に寄ったとかはまた別の話(笑)
この日は2000系の朝間定期運用の撮影にも行っていました。
地下区間から飛び出してくる2000系を撮りたい、と前々から思っていたのですがタイミングが悪く…と撮影は最後の最後になってしまいました。
そして他の普通列車は8500系ばかり。
聞きなれた爆音で快走してきます。
それにしても…
スカート付きの第5編成であることも含めて田園都市線用賀~二子玉川にしか見えてこない…
という東急病重度患者なのでした(笑 -
一応3月4日訪問分はこれで終わり…?
ということで最後は3500系の写真です。
▲松代駅を発車する3500系O6編成
「カウントダウン屋代線」でもちょっと触れたように、現在、3500系のO6編成が営団仕様にされています。
赤帯と長電ロゴが剥がされただけなのですが、それだけでもそれらしい外観になっています。
そしてこの編成は長電の中で唯一の六角形ベンチレータ―を積んだ編成。
六角形ベンチレータ―で2連、なんて写真でしか見たことのない営団日比谷線仲御徒町部分開業の頃のようですね(笑
▲須坂駅構内へと入るO6編成 @井上~須坂
お昼までイベントと合わせて1000系ゆけむりを追いかけ回しましたので、午後は3500系を追いかけました。
▲須坂駅へと滑りこむO6編成
この日の屋代線はお名残り乗車組か、イベントのおかげか、かなりの盛況。
折返しも満員を予想させる須坂駅4番線にO6編成が滑りこんでいきます。
▲岩野駅を発車した上り須坂行きと勾配標 @岩野~象山口
夕方になり陽も落ちてくると電車を主体にカチッと止めるのも難しくなるのであえて電車をぼかして撮影。
国道403号線と並走する同区間の歩道から撮影。廃線後はこのキロポストは放置されるのか、撤去されてしまうのか…
▲信濃川田~大室間 関崎隧道から飛び出してくる屋代行き
貪欲に線路構造物・土木構造物と絡められるポイントを探します(笑
信濃川田~大室間の隧道も踏切脇から撮れる位置を探し出しました。…ちょっと厳しいですかね…?(笑
▲枯れ葉を巻き上げ、離山隧道を通過するO2編成
やはりここに来てしまう、というほどこの撮影場所は気に入りました。
回送のゆけむりの通過時は結構な人数でしたが、夕方のこの時間になっては1人もおらず。
後から来た御同業の御方とまったり話しつつ、通過を待つほど余裕がありました。
この後寄れた各駅で記念撮影をし、帰宅しました。
帰宅する途中で雨も降りだしてしまい、本当にギリギリのところで天候がもってくれたようです。
そしてこの1週間後…どころか6日後には再び同じ場所に降り立っているのでした…(笑 -
珍しく続いておりますカウントダウン屋代線記事。
まだしばらく続きます。
それは…今 週 も 行ってきたからです!
そんなわけでまだ午前中分も終わっていない先週分の話です。
須坂駅で2000系を堪能した後はイベントへ向けて屋代駅へ送り込みとなる1000系ゆけむりの回送を撮影に。
▲大室~金井山間 離山隧道
一発目は大室~金井山間のトンネルで。
ここは有名なので、到着時にはすでに結構な人数の御同業の方々がスタンバイ。
地下区間を除き長野線にはトンネルがありませんからかなり新鮮な構図になりました。
▲営団仕様O6編成と並び @松代駅
松代駅で上り列車と交換のためしばらく停車。その間を利用して追いつきます。
駅前にはグッズ・模型の出店が出るなどのお祭りムード。構内も並びが撮れるとなって結構な人出でした。
▲象山口駅を通過する1000系ゆけむり
交換列車との並びを撮ったらすぐに移動、隣の象山口駅へ。同駅の須坂方はインカーブで撮れるため数名の方がスタンバっていましたが、私はそちらに行かず待合室・踏切のある下り方で待機。
「屋代線らしさ」を出すことを今回の主目的としたためあえての駅舎・駅名標と合わせてみました。
ちょっとゴチャゴチャしてますが、屋代線象山口駅を通過する画が撮れたので目的達成です。
▲屋代駅構内撮影イベントにて169系S52編成との並び
松代駅より先はもう追いつけませんので、落ち着いて屋代駅へ。
この日は珍しく線路に降りることが許可されており、なかなかできない角度で169系との並びが撮影できました。
169系の幕・サボも時々交換され、複数のパターンが楽しめたのですが…最後までいると返しの回送が撮れなくなるので終了時間前に退散。
岩野~象山口間にある高台へと移動しました。
▲妻女山展望台より 岩野~象山口間
上から見下ろすとなんとなく「TOMIXみたい…」という模型病な発言が出てしまいます(笑
天気も良いとは言えず、山々も霞んでしまっていたので、列車をメインに据えました。
そして撮影して気づいたのですが、屋代線内では2個中1つしかパンタを上げてないんですね。
そして屋代行き回送は屋代方のパンタが上がっていたのですが(象山口の写真参照)、須坂行き回送は須坂方のパンタが上がっています。進行方向方のパンタを上げているようですが…どういう理由なのか見当がつきません。。
様々な憶測が飛び交うしなの鉄道の169系S52編成ですが、今回は並びを撮れるまたとない機会でした。
多くの来場者はやはり線路に降りられていましたが…
跨線橋から俯瞰してしまう方々もやはりいるもので(笑
このような風に撮れました。
169系のオデコの滑り止めは幅が広いタイプなんですね。
そんな模型的視点でついつい見てしまうのでした。。(笑 -
屋代線を一旦離脱して向かったのは長野線の村山橋。
久々の訪問だったのですが、恐るべきことに「駐車場付きお立ち台」が設置されていました。
このように解説の看板が設置され、モニュメントとして旧橋の親柱や切り出したトラス構体などが展示されています。
そして線路側は胸の高さほどのフェンスが設置されまさに「撮ってください」と言わんばかり。
▲8500系T5編成
…より撮りやすくなったかも…(笑
そんなわけで数本の列車を撮影した後、メインディッシュが登場。
昨年夏の撤退が撤回され、春まで生き延びた2000系D編成です。
朝の須坂~長野間1往復しか運用が無くなってしまいましたが、それでも走らせてくれる長野電鉄さんには本当に感謝ですね。
1964年生まれでほぼ50年選手の同車がまさか最新のロングレール・弾性軌道区間を走るようになるとは夢にも思いませんでした。まったくもって不思議な取り合わせです。
通過後に振り返って撮影。(トリミング済)
よく見ると長野方の行先表示がローマ字無しの表示になっていますね。
安全運転で須坂駅へ急行し(笑)、入換を眺めます。
やはりホームはプチパニック状態だったわけですが、遠くから眺めてみるとかなり貴重な?並びになっていました。
引退後構内に留置されている2000系A編成と営団仕様となった3500系O6編成、2000系D編成が並びました。
すぐに開始される入換えを同じ位置から眺めます。
一旦下り方へ引上げてから留置線へ入線、折り返して車庫へと入っていきます。
そしてなぜこんなにも素早く入換え・入庫が行われるかというと…
定期の下り特急が後を追いかけてくるからなんですね。
さらに後方にこの後のイベント用1000系が待機していたことで長野電鉄特急車3代が並びました。ちょっと無理矢理ですが(笑
初めて見た時、この丸みを帯びた車体に惚れ込みました。
古いデザインと言ってしまえばそれまでですが、これが50年前に設計され、製造された車が今もきれいな状態で走っているというのは奇跡とも言えたのではないかと思います。
引退まで1ヶ月を切りました。最終日まで無事に走りきって欲しいものです。