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第三回となる上田交通5200系製作記、Mc車だけ着々と作業が進んでおります。
※記事を読み返していたらこれまで会社名を「上田電鉄」にしていたことが発覚、過去の記事も併せて5200系在籍当時の社名である「上田交通」に統一しました。
まずは前面と屋根の接合部分。
ここは元のパーツ形状でははまらないために大幅にカットした部分でもあり雨どいを再構成する必要があります。
まずは瞬間接着剤を盛る→削るで接合部分を整えます。
整えたところでエバーグリーンのプラ棒を使って雨樋を作っていきます。
使用したのは0.25mm×0.5mmという角棒で、2段重ねにしています。
片側を接着、十分に固着したら車体に押さえつけながら瞬着を流して固定していきます。
固定後はこんな感じ。
プラが柔らかいこと、また細くてしなりやすいのでこうした曲面でも十分に固定できます。
時間を置いて十分に固着したところで彫刻刀、棒ヤスリ、耐水ペーパーで整えていきます。屋根との接合部をはっきりさせるだけでなく、製品の雨樋モールドと同じ高さにしなければなりませんね。
雨樋を整え終わったら今度は屋上機器を配置して行きましょう。
まず、矢印で示したランボードの足は必要ないので切除。
また配管関係は全て利用できないので全切除後ヤスリで整えておきます。
東急5000系のキットには5200系改造用パーツが少量ですが含まれています。
屋根上に載るベンチレータ―(?)も付属しているのですが…パンタと比べてとても小さい。
これではパンタを搭載することもできませんので別のパーツを何か持ってくるしかありません。
そんなわけで登場願ったのが名鉄5500系キットの屋根パーツ。
このキットには5000系改造のための二重屋根が封入されているため、これを流用してきます。
不思議なもので屋根Rとの合いはピッタリ。
側面の空気取り込み口の表現は捨てることになりますが、まぁやむを得ないでしょう。
ただしこのパーツもそのまま使うわけにはいかず。
そのままの幅だとランボード足の間に入りきらないため両側は少しずつ削って幅を狭めてやらねばなりません。
1個1個の大きさに切りだしてから両側面を少しずつ削っていきます。
パンタが載る長めのものが1個、短いものが5個となります。
搭載後はこのような形になりました。
まだパンタ台座や配管等がありませんがだんだん細かいところまで形になってきました。
パンタはTOMIXのものを搭載するので、これの位置決め・配管設置を行わなければなりません。
次回はその話…ですかね。
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上田交通5200系製作記の第二回です。
今日は車体側面、裾部分の再構成のお話。
前回記事の最後ではこのような状態まで持って行っていました。
側面の雰囲気はだいぶ出てきていますが、ドアの下端にあたる裾部分がまだ無い状態でした。
作業をしてみてこの状態の方がドア内側の段差になっている箇所を整えるのはやりやすかったので、裾を取り付ける前にある程度段差部分を整えておきました。
裾の再構成…といえば聞こえはいいのですが、要するに1mm厚のプラ棒をビシッと貼りつけるだけの作業です。
どうせ削って調整しなければならないので、すでに構成し終わった側面よりも少し飛び出るぐらいの位置で接着してしまいます。
削っている最中の写真です。
一部「飛び出すぎてしまった」箇所もあり、だいぶ削るはめになってしまいました。
棒ヤスリでおおまかに削り、段差が解消される一歩手前ぐらいから400番の耐水ペーパーに持ちかえてガシガシ削っていきます。
5000系の車体断面ままの妻板は下方へ裾を延ばしてあげる必要があります。
0.5mm厚×2.0mm幅のプラ棒を貼り付け、側面の高さに合わせて切削をしていきました。従来の丸い断面との隙間は瞬間接着剤で無理やり埋め込み。
ここまで来たらサーフェイサー吹きつけにむけて一気に突き進みます。
どうしても隙間ができてしまう前面パーツと側面、屋根の間には適宜プラ棒の小片を差しこみ、瞬間接着剤を塗りたくります(笑
この辺りは削りこんで修正していく必要があるので、ざっくりと接着剤を塗布してしましました。
先頭部の雨どいもどうせ要再構成ですしね。
固まったら棒ヤスリも使用してガシガシ削り、その上で400番の耐水ペーパーによりヤスリがけをしました。
そしてさっそくのサーフェイサー吹きつけ。
予想以上にうまく行ってくれたので現状では及第点といったところでしょうか。
ここから発見された傷に瞬着を盛り、埋めていく作業となります。
先ほど埋めた肩部分や乗務員扉の凹み(削りすぎ)、側面と後付けの裾の隙間・段差埋め、窓枠の段差の明確化…など修正作業が待ち受けています。
ここまでくると車体の大まかな形も見えてくるので早くコルゲートを再現したくなりますね。
しかし事前処理を怠ればその分完成に響いてくるのは明白ですから慎重に、少しずつやらなくてはいけません。
そして熱が冷めないうちに2両目にも手をつけなければ…(笑
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いささか唐突であるのですが、とある車を作り始めました。
最近、あっちの工作をし、こっちの工作をし…とあちこち飛び気味なのですが、どうしたものか。。
今回作り始めたのは写真の車両。
上田交通5200系です。
車両自体は元・東急の5200系で全4両(先頭2両・中間2両)が製造されました。
そのうち上田交通(現・上田電鉄)には先頭車2両の2両編成が譲渡され、現在は1両が上田電鉄に保存されています。
さてこの5200系、一部メーカーから金属キットが発売されてはいるのですが、オークション等でもプレミアがつくほど希少なものになっています。
ではどのようにして製作するか。
素材は実車に最も近いグリーンマックスの東急5000系キット。これには5200系の先頭パーツが付属するため、これを使って5200系を作ろうと画策する方もかなり見かけます。
しかしここで挫折しかけてしまうのが側面形状。
5000系は裾に向かって絞り込むように丸くなっているのですが、5200系の裾をストレート。
また、中央部分を境にくの字に折れ曲がっているという決定的な差があります。
そのため、ドアを含めてこの部分をどう製作していくかが5200系製作のカギとなっていくわけですね。
それではさっそく製作工程に入りましょう。
まずは側面窓の下端を境に側面を真っ二つに。
窓枠があるのでこれが目安になります。
また、非常に硬いので刃を滑らせないように慎重に慎重に切っていく必要があります。
何回も何回も刃を通し、少しずつ切っていきます。
1両目は実験的要素も強いので作業は一歩一歩進めていきます。
両側面を一気に切断せず、まずは片側だけを実験。
切っていない側面パーツと付き合わせて側面をどれだけ作ればいいかを検討します。
難しいのはドアの下半分を再生しなければならないこと。ドアの段差をあらかじめ作っていかなければなりません。
この結果、エバーグリーンの1mm厚×2mm幅のプラ棒を画像のように3枚並べて接着、6mm幅のプラ板を作り、側面を再構成していきます。
下半分の再構成は先頭寄りから。
まずはぶった切った上半分を先頭パーツに接着。ここで垂直を出すのはなかなか厳しいのですが、垂直が出ないと車体にした時にゆがみがでてしまいます。
個人的な見解としてはGMの台車ケースを台座にしておくとちょうどよい高さのようです。この写真も左端は台車ケースで支持していたり。
側面上半分と先頭パーツが固着したら下半分の再構成を始めます。
乗務員扉と先頭パーツの僅かな隙間には0.5mm厚のプラを接着、そこへ6mm高×3mm幅にしたプラ棒をはりつけます。
これは乗務員扉になるので側面よりは一段下げて。下げ具合は上半分の凹み具合に合わせるしかないですね。
また、車体がくの字に曲がっていることから、各パーツは取り付ける前に接着面を若干斜めに削り落しています。
現物合わせにはなりますが客用扉が約7.5mm、ドア間が38mm程度になります。
少しずつ、かつ慎重に下半分にプラ棒を貼りつけていきます。表面を削って整えるのは箱にして強度を十分な状態にしてから。まずは大まかに形作っていきます。
先頭と側面上半分に隙間がありますが、これもあとから埋めます。
まずは大まかに下半分を再構成し、箱にすることを最優先に。
こうした車体キットを作る際のセオリーは「妻と車体・先頭と車体」のようにL字を2つ作ってそれをロの字型に、そこに屋根をはめる」という流れ。
しかし、そうすると側面の「くの字」が出せないので両側面を先頭パーツへ接着し、後から妻板を接着します。
確かに垂直を出すのに苦労はしますが、そうしなければ側面の折れが再現しにくく(妻面は当然5000系の車体断面のままですからね)なります。
写真のような状態にしてからドアと側面の間や上下側面の間など接着面の乱れや凹凸を処理していきます。
400番の耐水ペーパーや棒ヤスリ、彫刻刀を使用して、窓枠のディテールを削り落してしまわぬように。
その作業中で先日の事故が発生したわけです。
妻板が5000系の車体断面のままなので、これの一部を切除→プラ棒で再生という形をとろうとしました。
その作業中に先述の用に「硬い」プラを切ろうとちょっと力を込めたことろ…下の柔らかいプラ材ごとごっそり切り落としてしまいました。
ついでに指もざっくり切りましたorz
常に新しい刃を、というのは工作でも当然のことではありますが、何しろ「新しい刃は切れやすい」というわけでしてプラも指もすっぱり、といったところです。
車体を持ちながら作業していると「刃の先に指を置かない」という常識を忘れてしまうことがある、その痛い教訓になりました。
さすがに写真は怪我への処置も済んでから撮っています(笑
この部分はちゃんと削ってから同じ厚みのプラ棒を貼り付け、再再生をしていきます(苦笑
大まかな再構成も成功し、久々の怪我もばっちりしたところでまた次回。
次回は裾を再生してきます! -
お久しぶりです。
今日は「名鉄資料館」の開放日であり、また特別展示が「廃止から10年・北アルプス号」というわけでこれは行かねばなるまい!と雨がパラつく中ではありましたがお出かけしてきました。
北アルプス号は名鉄線から高山本線へと直通していた特急列車であり、2001年のダイヤ改正まで運行が続けられていました。
一時は高山本線のさらに先、富山地方鉄道へと乗り入れていた時期もありました。
そんな北アルプス号の廃止から10年…ということでの特別展示のようです。
通常は見学に予約が必要、また休日は閉館とかなり制約の多い資料館なのですが、今日は鉄道の日の前後だからか(?)の特別会館だったようで多くのファンでにぎわっていました。
さて、なぜ「北アルプス号特集だから行ったのか」という点です。
ご存じのとおり?私は大の気動車好き。そりゃあもうエンジン積んでりゃあディーゼルエンジンからガソリンエンジン、広義的にとれば蒸気動車だって大好物なのです。
そこで北アルプス号に充当されていた車両はというと…
キハ8000系:DMH17型エンジンを搭載、キハ82テイストの前面形状をしているけれども灯具配置に名鉄らしさがあり、また側面はパノラマカー譲りの連続窓。
キハ8500系:JR東海のキハ85系と同様の水準までレベルを上げるべく投入され、前面形状にもどことなく85系っぽさが。そして側面客用窓はパノラマスーパーのような窓押さえ形状。
そして特筆すべきは「私鉄所有のディーゼル特急車」ということ。
国鉄/JRへ直通するためとはいえここまでハイグレードな特急気動車を持っていた私鉄もかなり珍しく、また車としても非常に魅力的。
そんなわけで私の心の琴線に響きまくるのがこの北アルプス号なのです。
特別展示・常設展示ともに一通り見終わり、物販コーナーを除くとまたしても心の琴線に響きまくってしまうような商品が。
名鉄3400系のBトレインショーティーです。
「いもむし」という愛称でしたしまれ、1937年に製造されてから2002年まで(※末期は団体運転用だった)走っていたという恐ろしく長生きした車両です。
名鉄の名車でもあり、この車の丸っこさはどこか心惹かれるものがあります。
このカラー・仕様でマイクロエースからNゲージ製品で発売されていますが、これが発売された当時の私はあまりにも若く(!)、またその人気からプレミアが付きそれを購入する財力もなく、手に入れることができなかったという事情があります。
少し前に同社からクリーム+赤帯仕様の4両編成が発売されましたが、やはり3400系はこの旧塗装が一番かっこいい、とミーハーな私は思うのです。
商品としてはつい最近発売されたばかりのもののようですね。Bトレに関してはあまり情報を仕入れない&仕入れても受動的に情報を得ているので今日まで知らなかったという(汗
帰宅後、さっそく組み立ててみました。
スカートが別パーツにも関わらずボディとの合いはバッチリ。
他のパーツも隙間なく組み立てられます。
さらに塗装もマットな感じで私好み(笑
ボディに艶がほしい方にはちょっと物足りないかもしれませんね。
屋根を見てみると電動車と付随車で屋根が作り分けられています。
なぜこれを特筆するかというと、この車両は
Mc-Tcで登場、パンタはMcだけ
↓
3連化の際に中間電動車にパンタを積まずTcにパンタを搭載
↓
4両編成化、パンタ位置変わらず
↓
動態保存のために2両編成へ短縮、Mc-Tc編成に
↓
同時に不要となったTcのパンタを撤去
という流れになっています。
4連のスカーレット仕様が製品化されるのでどちらか流用…?という可能性もあったわけですが、さすがにメーカーさんも「復刻旧塗装」と銘打つだけあって作り分けたのですね。
せっかくなのでパンタだけでもNゲージ用のものを搭載しようかと思います。
明日も出かける予定なのでそのついでに購入してきましょうか。
以下ちょっと近況…ではあるのですがスプラッタな話なので苦手な人は見ないでくださいね。 -
今年も開催されました上田電鉄の「まるまど祭り」に行ってきました。
毎年5月のGWと10月に開催されており、この時に合わせて上田を訪れるのも恒例になってきています。
今回はたまでんクラブ中京支部長と同行、ということでレンタカーを仕立て上田へ向かうことへ。
とはいえ普通に中央道を走っても面白くない(前に走っているため)ので、大のお気に入りでもある国道158号線を通っていくことにしました。
豊明駅にてpierre2427さんと合流、東海北陸道へと向かい、飛騨清見ICにて高速を降りてからはひたすら国道158号線を東進していきます。
高山市内を過ぎ、平湯まではよく整備された片道1車線の国道なのですが…
※googleマップより引用
安房峠トンネル平湯ICから分岐する旧道部分はこのように全線に渡って山肌を縫うような1車線の道路になります。
しかし行き違い設備の多さはこの道路がトンネルが掘られる前の幹線だったことを感じさせてくれます。
しかし街灯は一切なく、ガードレールも時々崩壊しているので走行にはかなり神経を使います。
さらに運が悪いことにこの日は小雨がパラついており、雲中を走るかのような状況でした。
車のライトを付けても雲の水分で遮られてしまうのでかなり危険です。
後続車も対向車もなかったため県境にて記念撮影(笑
158号線と安房峠道路(トンネル)の合流点を過ぎるとそこはすぐ上高地へと向かう県道24号線との分岐点です。
上高地へ行くにはこの「釜トンネル」を通らなければいけないのですが、シーズンを過ぎた今はこのように一切入れないようにしっかりとガードされています。
今年はこのトンネルの上高地側の洞門付近で土砂災害もあったため記憶に新しいかもしれません。
ちなみに昨年の夏の訪問時はこのような感じ。
ゲートは開け放たれていますが警備員さんが立ちマイカーが一切進入できないようになっています。
許可された観光バスやシャトルバス、タクシーのみが釜トンネルへと吸い込まれていきます。
そんなわけで怪しい道路を堪能し、寄り道しつつ上田へ到着した我々は朝まで仮眠をとり、まるまど祭りへと参加したのでした。
その模様は「たまでんクラブブログ」にて詳しく書かれています。
http://tamaden-club.sakura.ne.jp/
@城下駅(朝のうちに撮影)
@八木沢~別所温泉間
@下之郷~中塩田間
イベント会場離脱後は沿線撮影を行いました。
しかしなんとか持っていた天候もだんだん曇り空になってきてしまい、下之郷~中塩田間の撮影はなかなか厳しいものがありました。
また、風が思いのほか強くなってきて長袖とはいえ薄着の身にも応えるという始末。
これからの時期の沿線撮影はちゃんと防寒していかないといけませんね。
北海道ではすでに雪が降ったところまであるそうですね。
10月に入って急に寒くなりましたし、皆様もお気をつけてお過ごしください。
甘く見て薄着で出るより、多少荷物が増えても上に羽織るとか調整できるような格好で出かけないとですね。 -
一体何回で完結するのか作ってる本人すらわからない連載「フローベルデ丸山変電所を作る」。
第1.5回のような携帯更新を挟みましたが、やっとこさ第2回です。
ここでひとつご注意をば。
※超試行錯誤しながら作っています
「こいつバカだなぁ」みたいなご意見があったらぜひぜひお願いいたします。
今回も(?)迷走しています。
一回間違って貼った柱部分をキレイに剥がし、正しい順番で貼りつけていきます。
A-N/S4の上にA-N/S5を重ね、A-N/S6,7を貼りつけていきます。
西側、東側の壁も同じように重ねます。私が間違えて貼ったA-H1は一番上に来るパーツとなります。
短辺と長辺の接合部分となる柱部分、A-SN8,9やA-H2,3はこのような取り付け方になります。
ここを完成させるとかなり立体的に見えてきますね。
板キット車両と同じくL字型に組んだ後、ロ字型に組んでいきます。
この時点で壁それぞれが結構な重みになっているので気を付けながらやらないとだんだんズレてきてしまうという。瞬間接着剤ではなくボンドで組んでるからの難しさでしょうか。
※ここから迷走中※
強度が出るかな?と思い溶きパテを塗りこんでみました。
壁自体ではなく、上下の端面と壁の接合部分内側に塗ってみました。
塗ると多少浸みこんでいくので、これで強度が出てくれることに期待したいところです。
瞬間接着剤を流し込んでも硬くなるのですが、さすがにこの大きさになると量もバカになりません。
この方法が果たして吉と出るか凶と出るか…
塗装前にサーフェイサーを吹くことを考えると「アリ」なのではないかと思うのですが。。
さて、パテの硬化を待つので今回の工作はここまで。
そしてここから塗装の算段を考えなければなりません。
説明書ではこの次は屋根を支える梁を取り付ける工程となります。
しかし、屋根を付けてしまえば塗装の難易度が上がる…というかもはや筆以外での塗装が不可能になる=塗りムラが大きくなる可能性もあります。室内側の白と外側の煉瓦。これをどう両立させるか…
少し考えてみましょう。
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キットを入手してから数週間…
また長い熟成の時に入ってしまうところでしたorz
今回も連載形式で紹介していきます、「フローベルデ丸山変電所を作る」。
さっそく建設に着手したいと思います。
今回も素組みじゃ終わらせませんよ!!
機械室棟と蓄電池棟の2棟セットで、「安中市教育委員会商品化承諾済」という表記が目を引きます。
完成見本の写真は廃墟時代の仕様になっていますが、現在の修復後の姿(≒現役時代の姿)も作れるようになっています。
しかし「信越線が現役だった廃墟時代が作りたい」という需要に配慮してか「屋根のどこが欠けていたか」というのがわかる型紙が封入されており、手軽に廃墟時代も再現できるようになっています。
一番表にくるパーツにはこのように煉瓦が彫りこまれています。
印刷などとは比べ物になりませんし、一昔前のプラキットような大味さもない「紙だからこそ」の質感が出ているような気がします。
これをいかにして潰さないようにして塗装するか…というのも課題です(笑
前回の中塩田駅と同じで、壁1枚が3枚のパーツで構成されています。
それぞれ室内側と室外側に来るパーツにボンドを塗り接着します。
サンドされる1枚は外から見える部分もあるため、余計なところにボンドを付けないためにもサンドする側にボンドを付けないととんでもないことになります。
とりあえず機械室棟(キットではA棟)から組んでいます。
4面作ったら箱にする前に壁面から飛び出す柱パーツを取り付けていきます。
このパーツもほとんど切り出されていて、3箇所でほんのちょびっと保持されているだけなので、カッターで軽く切ってあげればすぐに切り出せます。
そしてこれを貼って…という写真も撮っているのですが、記事を書くにあたって改めてキットを見直したりしているうちに大チョンボに気付きました。
恐らく「付けなきゃいけないパーツを付けてない」です。。orz
ちょっと作業に戻ります(涙