桜咲車両工場ブログ支区

桜咲車両工場の別館。 工作記録を中心に、名古屋から鉄道まみれの日々をお送りします。

豊富駅前のオエ61 67

留萌からバスに揺られること約4時間。
雨の中をひた進み無事に定刻で宗谷本線豊富駅へと到着しました。

 
▲オエ61 67全景 2015/7/26撮影

この時になっても雨は止まず、シトシトと降り続けていました。
しかしここまで来て待合室の中で列車を待ち続けるのも勿体無いというもの。
雨をも厭わず駅舎横で保存されている「オエ61 67」(元・マニ60 2021)を見物して来ました。 


オエ61は荷物車であるマニ60からの改造車で、調べるとそれはもう種車も様々であれば形態も多岐に渡っていたようで。

さて、豊富駅横で保存されているオエ61 67は出自を辿ると元は「マニ60 2021」であり、オエ61としての最終配置は北見だったようです。

保存されている現在はというと…若干開かれた扉、各所に浮いた錆、取り付けられた階段の錆具合からもかなりの年季を感じます。

ネットで調べると「オエ61 67」「救援用」の標記がまだ読めた時期もあったようですが、今はどこに標記があったかすら判別することすら出来ません。

また、これはオエ61としての現役時代からのようですが、床下危機がスッカラカンなのがまた寂しいところで。



写真の通り、運用に必要なブレーキ関係の機器は残っています。


▲駅舎側妻面


▲駅舎と反対側の妻面

妻面ステップ最上部には辛うじて「架線注意」の銘板が残されていますね。

ただ、どの面にも車体標記は残っておらず、また製造所銘板も既に失われてしまっていました。
※保存当初からなのか、後年外されたのかは不明



最後に跨線橋から俯瞰気味に眺めた写真を。

屋根のキャンバスはほとんと剥がれてしまい、地の板が見えてしまっている状態。
また、荷物扉の腰板も一部が抜けて内側が見えてしまっています。

どんよりとした曇り空と雨のせいも相まってますますうら寂しく見えてしまいます。
完全に外野のため「綺麗にして欲しい」とはとても言えたものじゃありません。ここまで老朽化が進行してしまえば、リカバリーするにも相当の労力やコストがかかるでしょう。
残っている内に見れただけでもめっけもんです。

ただ、説明の看板も見当たらず「なぜここに保存されたのか」「この車両は何者なのか」という情報が現地では一切得られなかったのが残念でした。
せめてそれだけでも…と思ったのですが、もしかして老朽化に伴い撤去されたとかなんでしょうかね…?

元々旧客も好物なためこうした保存車を見ているだけで楽しい、というより模型が欲しくなります。全体を眺めるとマニ60時代の形態をほとんど残しており、オエ61として再現するにはかなりやりやすそうです(笑

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